2017年10月14日

思想教育ロボトミー(lobotomyー病的に凶暴な人の前頭葉を切除して 穏やかな性格にに変えること?。

前頭葉切除で自分の意思が無くなるらしい(性格変換)
凶暴な人、奇声を発して集団生活に不都合な人等を薬品を使ってコントロールする方法も
あるようである。一時的な薬物ロボトミーだと私は思う。
思想教育ロボトミーは国民を穏やかな性格にしてしまって、北朝鮮のイカ密漁船が
侵入しても追っ払うことが出来ない 銃撃できない。
逆に蜜驍船に銃口を向けられて 取締船が逃げてくる。
先制攻撃も出来ないらしいから、「お先にどうぞ!」とゆう感じ。
何を考えているのか?。 兵器次第では 平気でいられない。
反撃能力を奪われるから。
日本の頭上を核ミサイルが自由に通過する時代もそう遠くないときに
平和を叫び 対話を重視する 優しい 呑気なロボトミー国民。
対話とは 対等な立場で話し合うことではないのだろうか。
対等な立場とは相手国と同じ権利を主張できること。
相手が領海侵犯に対して銃撃したら ニッポンもそうしてよい筈。
先制攻撃はダメではなく、日本も同じ権利があってよい。抵抗しないと占領されない?
尖閣列島や沖縄をみたらいい。日本海の(大和堆)漁場を再び北の蜜驍船集団に提供したら
実質的に占領されたのと同じになる。最初から銃撃してでも排除できる
国際的に平等の権利がないと国家は滅びてしまう。
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2017年10月12日

「大人になったらお医者さんになるかい?」小学校低学年の時母が言いました。

「お医者さんになれ」の意味のようでした。たぶん野口英世のことを話した後に
親馬鹿ぶりを発揮したのでしょうか。小学校5年生の時長男で跡取りの父が親と別居する事件が起きました。
無一文で住む家を失うことは何としても避けたいことで、困ったときの神頼みも無意味でした。
家を出ると同時に父は日増しに体重を減らし再び元気になれないと言われるまでに衰弱。
「くそっ!、神も仏もこの世に在るもんか」失望の矛先を社会に向けたり、
しかしそんな不幸の渦の中での一筋の光は「病気と心」を科学的に解明する宗教誌に出遭ったことでした。
父の病気は数年かけて自然に回復しましたが、今度は母が大腸がんに
父のように奇跡が起きることを最後まで信じましたが結局はダメでした。
「心と病気そして宗教」関係有るのか無いのか。
「その謎を解くためには本格的に勉強しなくてはならない」亡き母からのメッセージと感じました。
「いかなる立場にあろとも学ぶことは出来る、学校に行かなくても自分の居場所を学びの場に出来る」
しかし自分の苦悩が与えられたからこそ 求めることが出来たことになる。
「医者になれ」幼児期の母の言葉にずっと添ってきた気がします」
聞くところによると 医者になるには 大学の医学部を出なくてはならないらしい
ところが 最終学歴は あの有名な大道中学校止まり。脳力もない。人生の残り時間もない。
それでも 母ちゃんの夢を少しでも実現して死ぬことにします。
医者には慣れなくても ひょっとして 病める社会の 癒し者 に成れるかも知れない。
医者と癒し者(いやししゃ)非常に似ている 治療の対象が違うがこれも似ている。
たとえば「日本人であることを誇ると言いながら、西洋人に改造しないとダメ」
善悪の判別が出来ない、何をしようと自由。悪事も黙認する、容認する、時には協力する。
宗教も一般教育も善悪の基準がバラバラではもうどうしようもない。
政治家だって有権者の機嫌を損ねたら票を失うので、、、、。
悪いことが野放しになったらどうなるか。恐らく建設的な結果は望めないだろう。
日本の弱体化を望んでいるお隣さん達がいて
超最新型の兵器を開発して 何をしても抵抗しない国を占領するのに3日もあれば十分と
1か月前にある機関に書いた、自分を大事に出来ない民族はいずれ急速に自滅するしかない。
厳しい状況の中で無力でも私なりの役割を果たして母に報告が出来ればと思う。
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2017年10月03日

さようなら 有難う 五右衛門風呂。鉄釜からポリ浴槽へ

風呂場を改修したとき古い鉄釜(五右衛門風呂)をそのまま使ったが
冬場の寒い時期に焚火で底から湧いてくる湯は天下一品で我が家の唯一の自慢だったが
水漏れの為に新しい浴槽に替わる。水回りは 工事費が高いと聞くが
注文したポリ浴槽は 2万円台?。材料を買って自分で作っても、この金額では無理。
我が家の初代五右衛門風呂はどれ位だったのだろうか(値段)
大きい浴槽は 浴室の改修が必要なため少し小さめにした。
五右衛門風呂の周辺には 自然石を置いて 岩風呂風にしたが
新浴槽にしてからも 石なしでは寂しい気がする。
ところで高額の改修費用を捻出するために
「五右衛門風呂と美女」の写真を検討?。「美男」も良いなぁ
よし 今夜は自撮りするぞ。
浴槽も 高級品は魔法瓶仕様もあると娘が教えてくれたので
設置する際にそのメカニズムを取り入れることも また楽しそう。
夏の暑さに老いの身も心も限界なのか。自分の中の新しい老いの息吹を感じる。
老いの時間を 大切に生きて行きたいと思う昨今でもある。
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政界激変? 政界に正解が見え難い。政治家は国民の代表らしいから 国民も まぁ似たようなもの。

前回の衆議院選挙の時は 立候補の届け出を忘れてしまった。
人間 欲なもので もう一度総理大臣をやって死にたいと 馬鹿バカしい発想をすると
何故か 老いた人生が 輝いてくる。
少年期に家庭の事情で 想定外のどん底生活の泥沼に落ち込んで
人生とは 楽しくないものだと思い込んできたが、どうやらそれも正解とは限らない。
賢い人、美しい人、、健康な人、みんな何れ 極楽とか天樂とか地獄に行くことになる。
極楽行きの希望者が多すぎて 気の毒だが 男性は まず無理と言う 噂。
それにしても 投票で政治家を選ぶのは 間違いだと思う。
票を獲得することが目標になってしまって、そのために知らぬ間にズルいことをしてしまう。
然しまた政治家だけに清さを求めたら、政治をする人がいなくなる。
政治家を投票で選ばずに くじ引きにしたら 素晴らしい社会が誕生するのでは?そんな気もする。
折角選挙権が有っても 選択権を与えなかったり?。他人の票を欲しがったり、それでも公明選挙?。
選挙公約 昔 入れ薬に膏薬という黒色の張り薬があった。効能が書いてあったが
どこまで真実かは疑問。政治も公約も国民性の投影と考えて頷くことにしている。
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2017年09月15日

北朝鮮のイカ密漁船に日本の漁場(大和堆)進入を絶対に許すな!北朝鮮の漁場にさせると日本は奪回できません。

「北朝鮮のイカ密漁船に漁場を奪われて逃げてゆく 日本漁船」TVニュースで見て
「この問題は 放って置けない!」3日目には小木漁協さんと国会議員事務所3か所に電話する。
問題の解決には意味がなくても、何とかしないといけない 私なりの意思表示でした。
これは単なる漁業問題ではなく領海侵入を許ししかも密漁を取り締まりが困難と言うことは
国家の防衛問題と重なってくる。本当は進入した時点で撃沈すればいいが
それが出来ないで取り締まりも十分できない?。そんな甘さが密漁を許し招くことになる。
しかしもう一度密漁を許したら 第2の尖閣よりまだひどいことになる。
北朝鮮に漁場を占領され、されなくても 日本漁船の操業は出来なくなり
北朝鮮の漁船が 安心して 安全に 悠々と操業する光景が目に浮かびます。
領海侵入が防げない 取締船が銃口お向けられて逃げる、こんな現状では
二度と奪回するのは 絶対に無理です。それこそ「さようなら 大和堆」です。悔しくないですか。
対策として 初期段階で はっきりした態度をとらないと 問題は解決しません。
領海でも領土でも奪われる隙があれば 相手はそれを狙っています。
政府は早急に対策を講じないと もう間に合いません。
北朝鮮と対話も対決も軍事力を増すごとに益々難しくなりそうです。
同盟国アメリカ依存もどこまで頼れるか?疑問です。
日本漁船が安心して操業できる日を信じ既に私は微力を投じています。
皆様の若い力と知恵を駆使して力強い日本にして下さるようにお願いします。
漁船の安全と乗組員の方々のご健康を九州 熊本の天草からお祈りしています。
posted by 愚泥(ぐでい) at 06:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月12日

全国のどこの地区にもある?小型船の船揚場が龍ヶ岳町大道には無い。ならば「自分で作れ、日本一のもの」

大道地区には 小型船の引き揚げ場(船底を清掃する場所)がない。
高戸の町立病院の近くの木屋河内なんか 数百万で出来るのだろうかと思う巨大なものがあるし
池の浦の漁協の側には超大型のものがある。
大道地区には 何故ないのか? 今更問う必要もないし 今後何年先、何十年先に出来る可能性もまず無い。
或る意味で 日の当たらない場所だと私は思っている。以前は港内の砂場を利用して船底の清掃をしたが
近年は川の水が砂を奪い去ってしまって利用できない。 ほかの場所も泥沼で足場が悪く不便である。
皆で協力すれば 金を出し合えば 即問題は解決する。施設もピンからキリまである。
誰に協力を求めるか その線引きは非常に難しいし、 なんでも国とか市がするのが当たり前が定着している。
「日本一日の当たらない地区に 最先端の揚船施設を作ろうじゃないか」数年の計画を経て
自然の瀬の平らな場所を利用することにした。下が固いと波で船底が破損されるので
船底に敷くりん木の下に軽自動車のタイヤ−6個を入れて衝撃を吸収させた。
更にタイヤ−内の海水圧を利用することも理論上は可能。それでもこの方式は多分まだ使われていない。
単独でやると即実行できるという利点があるが、絶対に失敗は許されない。
船を壊したり沈めたりすると それこそ手足をたたいて 笑いものにされる。
何一つ利益は無いけれども 安全性や公共性も十分に考えて 将来どこかの誰かが応用して
より優れたものにして欲しい。そんなことで すでに数年前にこのことをブログで公開した。
  2週間ぐらい前に北朝鮮の日本領海での密漁をニュースで知って何日も考えたり
PCで色々調べたりした。領海剥奪は漁業問題だけでなく国家の問題であるからだ。
無力でも 動け!。単独行動は 実行が速い。
丸田区で何も出来なかったので せめて全国区で微力を注ぎます。
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2017年08月18日

愚泥の愚想(ぐでいのぐそう)=松ひさし に変更しました。

松ひさし に変更しました≪(旧 愚泥の愚想)
今後とも 宜しくおねがいします。
ご感想ご意見も お待ちしています。
posted by 愚泥(ぐでい) at 17:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

日本民族は自滅進行中、TVの流行に?流されて 確実に。

東洋の黒髪を放棄した人が多くなった。
自然を無視した姿は 哀れとしか言いようがない。
自然界も神も ご先祖様だって日本民族の異常さに驚いておられることだろう。
自然を無視した脱色、染色は髪を痛める。それでも流行と信じこむから驚き。
皇族さまのご子孫までもが自然髪を染色するとなると日本の未来はない。
原爆効果は確実に民族を消滅させるに違いない。
何が正しいのかが識別できない TV任せの価値観は
簡単に民族を滅ぼすに違いない。
原爆効果は日本民族の弱体化に成功しやがて消滅させるのだろうか。
日本の弱体化は 近隣の国にとっても 好都合であろう。
今日は敗戦記念日。国の為に命を捧げた意味は何だったんだろうか。
日本人が人工西洋人に成るくらいなら
最初からアメリカの属国になったら良かった。
日本人を置き去りにした姿を どいう思いで戦死者たちは見ているだろうか。
日本人は それが理解出来る民族だったのに
日本人の多くが死滅し 被爆色の亡霊たちが蠢いているかのようにもみえる

posted by 愚泥(ぐでい) at 21:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月14日

観乗寺さん永代経法要 花祭り・坊守様も桜の花と共に惜しまれながら。

   「花祭り 惜しまれながら 散る桜」
永代経の時、坊守様の歌声が楽しみであったが 今年は
「歎異抄」の歌声も寂しさのせいか声が沈んでいた? 
歌い出してすぐに ストップが掛かった。「歌は最初から 完ぺきでないとダメ」
亡き坊守様の教えだったのだろうか。仕切り直しの後 再度歌声が響いた。
歎異抄のプリントされた筆跡が美しい。多分に坊守様の手書きでは?。
隣の人に聞こうとすると3秒後に「坊守様の字です」という声が?。
帰り際に「お世話になりました、今後とも宜しく」の御声。
我が耳を疑いましたが、歌のこと 文字のこと お別れのことばも
みんな亡き坊守様の 想いそのものでした。不思議な有難い事でした。
約15年遡って広島の上原先生が布教に来られた時,感想の手紙に
うっかり 宗教の批判的印刷物を同封してしまった。
翌日がご満座(永代供養の最終日)叱られたり 殴られたりされても
自己責任で仕方がないとしても ご満座の雰囲気を壊しては申訳がない。
朝の第一声が「松本さん 来とるかね」・・・一瞬 しまったと 後悔した。
続いて「本当のことを言ってくれて、ありがとう」だった。
さすがに 真宗きっての喧嘩坊主様は太っ腹であった。
あのことがあって以来 いつも最後列で聴聞することにしました。
その後で頂いたはがきは赤表紙の真宗経典に挟んで持ち歩いている。
それから奇跡めいた偶然もあった。
お母さん住職さんの代理として春彼岸の観乗寺さんに訪れたSさんは
10余年のハワイでの布教生活。内観療法 カウンセリング チャプレン
心療内科などを学び、更に鳥大大学院で精神行動医学博士課程で学ぶ
(後に医学博士=京大研究員)私は 全く偶然に「心療内科、
精神身体医学講座(全4巻)、第一回内観学会論文集(奈良で出席、、午前中は
大坂津村別院の観乗寺会に出席)など 研究資料として差し上げることにした。
いつも この分野に興味を持つ人を 探し続けていたから・・・。
或る夜の講座の休憩時間に 坊守様は「講師室で2人で話ししませんか」
一応断ると、次は優しく 一寸命令気味?。そして2階に案内されました。
こんどは2016の熊本地震1年前の永代経の時小4の孫と
「いつか京大に遊びに行く」約束をして 永代経の夜講座に行くと
「東大には行かないで京大に行ってくれ、京都にはご本山があるから」と
お母さんに頼まれた方のお話がありました(昔=大分県?)
熊本震災の年の永代経前に孫との約束が実現しました。
このちょっと不思議な偶然のことをご報告すると喜んでくださり
1年前の京大のお話を昨日のことのように鮮明に記憶されていて
坊守様の 永年の聴聞の深さに真剣さに只々感動させられました。
本当に ありがとうございました。  2017・4・14まつもと。



posted by 愚泥(ぐでい) at 20:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする